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先進第十一 8
顔淵死、顔路請子之車以爲之椁、子曰、才不才、亦各言其子也、鯉也死、有棺而無椁、吾不徒行以爲之椁、以吾從大夫之後、不可徒行也、
顔淵死す。顔路、子の車以てこれが椁(かく)を為(つく)らんことを請う。子の曰わく、才も不才も、亦た各々其の子(こ)と言うなり。鯉(り)や死す、棺ありて椁なし。吾れ徒行(とこう)して以てこれが椁を為らず。吾れが大夫の後(しりえ)に従えるを以て、徒行すべからざるなり。
顔淵が死んだ。父の顔路は先生の車を頂いてその椁[棺の外箱]を作りたいと願った。先生は言われた、「才能があるにせよ才能がないにせよ、やはりそれぞれに我が子のことだ。[親の情に変りはない。私の子供の]鯉が死んだ時にも、棺はあったが椁はなかった。だが、私は徒歩で歩いてまでして[自分の車を犠牲にまでして]その椁を作りはしなかった。私も大夫の末席についているからには、徒歩で歩くわけにはいかないのだ」
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先進第十一 7 |
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