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タジク族



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タジク族は、タジキスタンを中心に、アフガニスタン北部、ウズベキスタン東部、中国領新疆ウイグル自治区の西部などに居住するペルシア系民族。元来、中世から近世にかけての中央アジアやイラン高原といった中央ユーラシアの乾燥地帯において、住民を、ペルシア系の言語を使い都市、あるいはオアシス集落定住民が多く、都市文化になじんだ諸集団に属する人々をタージーク(タジク)、テュルク系の言語を使い、都市やオアシスの間に広がるステップ地帯で遊牧生活を送る遊牧民の諸集団に多くが属している人々をテュルクと呼んで大きく2つに大別していたことに由来する、近現代的民族区分である。

現在タジク民族とされている人々は、バクトリア人、ソグド人、サカ人等、中央アジアの歴史に名を留める多くの民族の系譜を引いている。タジク民族の基となったタージークと呼ばれる諸集団の原型は、9世紀から10世紀に東ペルシャ語を話していた古バクトリア人及びソグド人が西ペルシャ語族に属するダリー語(ファルシー語)を話すようになっていった9~10世紀に形成された。13世紀のモンゴルの襲来や、それに先立つ、この地域の遊牧民の言語的、文化的テュルク化までには、この言語を話す人々は、ギンドゥクシャ北方及び南方の広範囲なオアシスに広がり、定住するに至っていた。

今日の中国領版図内では、タージークの人々は、伝統的に東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)西部の都市やオアシス集落を拠点としてきた。宗教はタジキスタンと異なり、住民のほとんどがシーア派のイスマーイール派(7イマーム派)に属する。

中国では、清代代から民国期期にかけ、東トルキスタンを「回疆」(゠「ムスリムの土地」の意)、その住人達を「回部」(゠「ムスリムたちの集団、組織」の意)と称し、同君連合的構成原理を持つ清朝属下の諸種族を「五族(満・蒙・回・蔵・漢)」と総称する際には、タージーク系諸集団を、テュルク系の諸集団とともに「回」の概念で一括してきた。

辛亥革命後、中華民国では、近代的国民国家としての体制を確立するため、建国直後より、旧清朝属下の諸政権に属する国民を、歴史的に古代以来の中国国民である「中華民族」なる固有の民族であると、政治的に定義し、その構成要素たる五族協和を謳った。さらに中国共産党が政権を奪取し、中華人民共和国が成立すると、その内部を言語や文化の差異にもとづいて民族別に区分する民族識別工作を行い、漢族と「55の少数民族」とに区分した。タージーク系諸集団は、この措置によって、「タジク族(塔吉克族)」として、独立したひとつの「少数民族」としての地位を獲得した。


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