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習近平



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習 近平(しゅう きんぺい、シー・ジンピン、1953年6月1日 - )は中華人民共和国の政治家。中国共産党の第4世代の最高指導者であった胡錦濤の後任として、2012年より第5代中国共産党中央委員会総書記、第6代中国共産党中央軍事委員会主席に就任。事実上、中華人民共和国の最高指導者の地位にある。官職としては中華人民共和国副主席、中華人民共和国中央軍事委員会副主席を務める。太子党のひとりで、父は習仲勲(元国務院副総理)。

経歴 anchor.png

父・習仲勲が批判された文化大革命において反動学生とされ、1969年から7年間、陝西省延川県に下放された。1974年に中国共産党に入党、下放された同地で生産大隊の党支部書記を務めている。1975年に国家重点大学の清華大学化学工程部に入学。1979年に卒業した後、国務院弁公庁で副総理の耿飈の秘書を務めた。

アモイ副市長、福州市党委員会書記を経て、2000年に福建省長となる。2002年11月、張徳江に代わり49歳で浙江省党委書記に就任。2006年に上海市で大規模な汚職事件が発覚し、当時の市党委書記陳良宇が罷免されると、翌2007年3月24日、書記代理を務めていた韓正(上海市長)に代わって上海市党委書記に就任。これにより、第17期の政治局入りは確実とみられていたが、同年10月の第17期党中央委員会第1回全体会議(第17期1中全会)において、一気に政治局常務委員にまで昇格するという「二階級特進」を果たし、中央書記処第一書記にも任命された。上海市党委書記は兪正声が引き継いだ。2008年3月15日、第11期全国人民代表大会第1回会議で国家副主席に選出される。

胡錦濤直系である中国共産主義青年団(共青団)の李克強より党内序列が上であること、また、胡自身も党総書記就任までの2期10年を中央書記処書記として経験を積んだことを考えると、ポスト胡錦濤に一番近い存在といえる。また、第17期政治局常務委員で唯一軍歴がある(中央軍事委員会弁公庁秘書)。2010年10月18日、第17期5中全会で党中央軍事委員会副主席に選出された。中国共産党中央軍事委員会は、共産党が国家を領導するという中国の政治構造上、事実上の最高軍事指導機関である。副主席として党中央軍事委員会に入ったことで、習は胡の後継になることが事実上確定した。さらに同月28日、全国人民代表大会常務委員会の決定によって国家中央軍事委員会副主席に就任した。

習が党中央軍事委員会副主席の地位を獲得するまでには紆余曲折があった。2009年9月の第17期4中全会で党中央軍事委員会副主席に選出されるという見方があったが、結局選出されなかった。その理由として、背後で胡直系の共青団出身の李克強を推そうとする勢力と、江沢民系の上海閥と呼ばれる勢力との間に生じた権力闘争が原因だとする見方があった。これによると、習は上海閥の流れを汲む人物であり、共青団系の勢力が躍進している現在においては党内基盤が弱くなっているという。しかし、2010年10月の第17期5中全会で習は党中央軍事委員会副主席に選出され、胡の後継者としての地位を確立した。

妻は中国の有名な軍隊歌手(国家一級演員)の彭麗媛(中国人民解放軍総政治部所属・少将)で、彼女との間にアメリカのハーバード大学に留学中のひとり娘、習明沢(1992年生、浙江大学外国語学院卒業)がいる。

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政治姿勢 anchor.png

リベラルな姿勢で知られる。官僚の腐敗に対しては厳しく臨み、政治的にも経済的にも開放的な姿勢をもった指導者として知られる。

現在の中国共産党幹部の演説や文章を、「冗漫、空虚、偽り」で覆われているとし、文章や演説をもっと判り易くし、国民に理解できるよう改革する必要性を主張している。「一般大衆は歴史を作る原動力だ。腹を割って話さなければ、大衆は理解できない」と述べ、自身の持つリベラルさの片鱗を見せた。

人権問題を巡る米国を中心とした諸外国からの中国批判に対し、時折、熱くなってしまう習は、2009年には外遊先のメキシコにて、「腹いっぱいでやることのない外国人が、中国の欠点をあげつらっている」と愛国心を全面に押しだし、米国の人権批判に反論し、物議を醸した。中国国内では、愛国的発言と受け止められたが、国外の海外のメディアには批判的に取り上げられた。

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ウイグル統治 anchor.png

ウルムチ虐殺事件の責任者とされている。この事件では、ウイグル人住民が漢族住民および武装警察と衝突し、中国当局の発表(2009年7月19日現在)では、死者197名、負傷者1,721名に上る犠牲者が出たとしている。一方、亡命ウイグル人組織の世界ウイグル会議の発表(2009年7月10日現在)で、ウイグル族の攻撃により殺された人は最大184人と発表している。

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訪日 anchor.png

2009年12月14日に日本を訪問し、中国側は天皇との会見を要請。12月15日には会見が行なわれた。以下はその経緯である。

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経緯 anchor.png

  • 11月20日、楊潔篪中国外交部長(外務大臣に相当)が民主党幹事長小沢一郎に訪日成功のための協力を要請。小沢は党サイドからサポートすると回答。
  • 11月26日、中国側が会談を要請。宮内庁では日程調整と天皇の健康管理の観点から「1ヶ月ルール」と呼ばれる慣例が設けられており、1ヶ月前までに文書で正式要請することを求めているため、日本側は「訪問まで1ヶ月を切っている」として一旦は断ったが、中国側は「習副主席訪日の成否がかかっている」と重ねて会談を要請。
  • 12月7日、崔天凱在日中国大使が国会内で小沢に天皇との会談の実現を要請、小沢が平野博文官房長官に電話で伝え、平野は、10日夕方に、羽毛田信吾宮内庁長官に中国大使の要請を伝達。
  • 鳩山由紀夫内閣総理大臣は宮内庁に会談実現を要請、会談が実現することとなる。
  • 宮内庁は、「苦渋の選択。二度とこういうことがあってほしくない」と不快感をあらわにし、『産経新聞』は、中国側の要求と、会談実現を要請した小沢と鳩山の対応を批判した。
  • 12月10日、小沢率いる民主党代表団と第16次長城計画友好交流使節団600人が中国を訪問。
  • 12月13日:小沢訪中団帰日。
  • 12月14日:習近平来日。
  • 12月15日:皇居周辺で朝から警察が厳戒態勢。天皇と習近平の会談に反対する抗議活動が皇居周辺各所で大規模に行われる。習近平を招いて朝食会が開かれた大手町の日本経団連前では男性が抗議活動により逮捕される。主要メディアは報道せず。天皇と会談した習は会談実現に感謝の意を表明するも一度もお辞儀をせず。その映像がニュースで報道される。
  • 12月16日:中国外交部姜瑜報道副局長(中国外務省スポークスマン)が日本側の周到な手配について評価すると発言。
  • 12月24日:中曽根康弘元首相は、記者との懇談の中で、今回の天皇特例会見について「(政府は)慎重に処理してきたと思う。あの程度の時間的ズレは(30日ルールの)原則の枠内のことなので、認めていい」と述べた。自らが官邸に天皇特例会見を要請した点については、「ノーコメント」として答えなかった。
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夫婦そろっての「皇室の政治利用」 anchor.png

習の妻で人民解放軍の軍隊歌手、彭麗媛が11月に東京・学習院大で公演した際にも、皇太子が私的に会場を訪れて2階VIP席で皇太子と隣り合わせの席で観劇し、言葉を交わしたという。中国にとって天皇との外交は「政治」そのものであり、中国は、今回、さまざまな手を打って準備した。これは、習と同様に、「皇室の政治利用」にて内政上の宣伝意図があったものとみられている。皇太子を呼んだ指揮者の堤俊作と宮内庁側から報道自粛の要請があったという(宮内庁側は否定)。

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発言 anchor.png

  • 2009年2月11日に、外遊先のメキシコで、「腹がいっぱいになって暇になった外国人がわれわれの欠点をあれこれあげつらっている」、「中国は革命も輸出せず、飢餓や貧困も輸出せず、外国に悪さもしない。これ以上いいことがあるか」と述べた。この発言はインターネット上の動画サイトなどに広く出回り、「国家指導者にふさわしくない発言」などの批判を呼んだ。
  • 2010年10月25日、北京で行われた「中国人民支援軍抗米援朝戦争60周年」の記念行事で、1950年~53年に起こった北朝鮮による韓国への侵略戦争(朝鮮戦争)について「(あの戦争は)平和を守り侵略に立ち向かった正義の戦争」と発言し、韓国ではマスコミをはじめ世論が強く反発。韓国政府も「(あの戦争は)北朝鮮の南侵で起きたというのは国際的に公認された歴史的事実」とし、中国に対し国連安保理常任理事国で、国際社会の責任ある国家としての努力を期待するとの論評を発表した。これに対し、中国外務省が、習近平国家副主席の6.25(韓国戦争)関連発言は中国政府を代表する定論だ、と明らかにした。

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