恵果(え・か/けい・か、746年~806年1月12日)は、中国唐代の密教僧で日本の空海の師。俗姓は馬氏。長安の東にある昭応の出身。真言八祖の第七祖。
出家した後、不空に師事して金剛頂系の密教を、また善無畏の弟子玄超から大日系と蘇悉地系の密教を学んだ。金剛頂経・大日経の両系統の密教を統合した第一人者で、両部曼荼羅の中国的に改変も行った。長安青龍寺に住して東アジアの様々な地域から集まった弟子たちに法を授け、一方では代宗・徳宗・順宗と3代にわたり皇帝に師と仰がれた。また、六大弟子と言われる六人に附法した。すなわち、剣南ケンナンの惟上ユイショウ・河北の義円ギエン(金剛一界を伝授)、新羅の恵日エニチ・訶陵カリョウの弁弘ベンコウ(胎蔵一界を伝授)、青竜セイリョウの義明ギメイ・日本の空海(両部を伝授)。 義明は唐朝において潅頂カンチョウの師となったが、この世をはやく去ってしまった。 【弘法は六人の中に瀉瓶シャビョウたり】(恵果の俗弟子呉殷ゴインの纂サンの詞コトバにある)。 それ故、真言の宗には正統であるといえるはずで、これは、(唐朝以外の)異朝の書に見られる。伝教大師も、不空の弟子順暁ジュンギョウに会って、真言を伝られたのであるが、在唐の期間がそう長くなかったので、深く学ぶことができなかった。帰朝の後、弘法大師に弟子入りする事になった。又、いまではこの流派は絶えてしまった。 慈覚・智証は恵果の弟子義操ギソウ・法潤ホウジュンと呼び名の高い、弟子法全ハッセンによって伝えられている。
