慧皎(え・こう、497年~554年)は中国南朝梁代の僧で、『高僧伝』の撰者である。
会稽郡上虞県(浙江省)の出身であるが、氏族は不明である。
学は博く仏教と俗書に及んでおり、仏教では経律を修めた。会稽の嘉祥寺に住し、春夏には仏法を講説し、秋冬には著述に専心した。553年には、侯景の乱を避けて九江(江西省)に移り、翌年2月に没した。享年58。廬山の禅閣寺に葬られた。