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中国酒の歴史



中国は世界で最も早く酒の醸造が始まった国である。5~6千年以上も昔に酒が発明された。正確な発明者は不明だが、歴史書「史記」には、夏(か)の初代国王の禹(う)の頃、儀狄(ぎてき)が発明したと記されている。夏の第六代国王の少康は、すなわち杜康で、酒を改良したと伝えられる。河南省伊川県、河南省汝陽県、陝西省白水県が杜康の故郷とされ、杜康を祀った祭りも多く、醸造された酒も「杜康酒」と名付けられている。

酒造の歴史は、すなわち農業の歴史でもある。なぜなら、人為的な酒造りを行うためには、原材料である穀物類や果実などが必要であり、それらが余剰を生じるほど大量に栽培されているという条件が欠かせないからである。中国では、紀元前6千年前後には、すでに大規模な農業が行われていたと考えられている。
東晋の有名な詩人であり、後に「篇篇に酒あり」と評されたほどの酒好きとして知られる陶淵明の『述酒詩』の序には、「儀狄酒を造り、杜康之を潤色す。(中略)また延洪寿光の酒のあり、しかれば黄帝の時すでにそのものあり」の一文があり、また『漢事始』には、「呂氏春秋にいう、儀狄酒醪を造りて五味を変ず。(中略)古史考にまたいう、儀狄酒を造る。博物史にいう、杜康酒を造る」とあり、禹王の王朝、つまり伝説的な夏王朝の時代には酒造りが行われていたことが推測できる。実際、1961年には、北京市昌平県雪山村において、紅陶尊とよばれる1種の酒器が発掘されており、6~7千年前の新石器時代中期のものとされている。
その初期には、ごく重要な儀式などにのみ使用されていたであろう酒も、農業の発達で収穫が増えるとともに、豊作を祈ったり収穫を祝う祭りなどに飲用されるなど、しだいに一般化していったことは容易に想像できる。実際に、殷代の遺跡からは、酒の仕込みや熟成、貯蔵から供献、飲用などに使われる器具が大量に出土しており、それらが多種多様にわたることからも、この時代、すでに酒が支配者だけのものから、被支配者にも拡がっていたことがわかる。さらに河北省藁城県の台西遺跡(紀元前1300年頃)の酒造場跡からは、大規模な酒造を物語る人工的に培養された酵母が発見されている上、他の遺跡では同時代の酒の実物さえも発掘されている(河南省羅山県殷周代墓群)。また、秦の時代を経て漢代に入ると、酒造技術もさらに向上し、「一醸に米二斛、麹一斛を用いて成酒六斛六斗を得る」(漢書食貨誌)と、すでにかなり効率の良い酒造りが行われていた。前出の台西遺跡の酒造場跡からは、桃、李(すもも)、棗(ナツメ)などの種子も発見されており、果実酒なども造られていたことがわかっている。
もちろん、これまでに述べてきた酒とは、すべて穀物に麹を混ぜて造った醪(もろみ)を搾って濾過した醸造酒(中国ではその色から黄酒と呼ばれる)であり、ブランデー、ウイスキーとならぶ世界の三大蒸留酒ともいわれる白酒が造られるようになるのは、もう少し後の時代のことである。
明代に李時珍によって著された、中国古来の薬物学の集大成、『本草綱目』には「焼酒は古法にあらず。元の時より始めてその法を創む」とある。実際には、黄銅で造られた焼酒造りのための鍋が金朝の貨幣「大定通宝」とともに発見されており(河北省青龍県)、大定年間(1161~1189)、つまり南宋代初期には本格的な蒸留酒が造られていたことが確認されている。
現在でも、これらの酒は中国全土で造られ、名産品として名高いものも存在している。


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