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孫子の兵法



孫子の兵法は、中国春秋時代の思想家孫武の作とされる兵法書。後に武経七書の一つに数えられている。古今東西の兵法書のうち最も著名なものの一つである。
計篇
序論。戦争を決断する以前に考慮すべき事柄について述べる。
作戦篇
戦争準備計画について述べる。
謀攻篇
実際の戦闘に拠らずして、勝利を収める方法について述べる。
軍形篇
攻撃と守備それぞれの態勢について述べる。
兵勢篇
態勢から生じる軍勢の勢いについて述べる。
虚実篇
戦争においていかに主導性を発揮するかについて述べる。
軍争篇
敵軍の機先を如何に制するかについて述べる。
九変篇
戦局の変化に臨機応変に対応するための9つの手立てについて述べる。
行軍篇
軍を進める上での注意事項について述べる。
地形篇
地形によって戦術を変更することを説く。
九地篇
9種類の地勢について説明し、それに応じた戦術を説く。
火攻篇
火攻め戦術について述べる。
用間篇
用間篇 - 「間」とは間諜を指す。すなわちスパイ。敵情偵察の重要性を説く。

孫武(紀元前535年頃~没年不詳)は、中国古代の武将・軍事思想家。兵法書『孫子の兵法』の作者とされており、兵家の代表的人物。春秋時代の斉国出身。字は長卿。孫臏の先祖。「孫子」は尊称である。
軍事の研究において戦略、戦術、情報など幅広い領域で業績を残しており、「戦わずして敵を屈する」という戦略思想、戦闘での防勢主義と短期決戦、そして諜報活動の考察などの成果が挙げられる。孫子が影響を与えた軍事研究者にはリデル・ハート、毛沢東などがいる。

孫子の兵法書の成立については、『竹簡孫子』の発見によって多くのことがわかってきたが、成立年代については、春秋末期に成立したとする説と戦国初期とする説がある。それは『孫子』が、孫武の没後も加筆されていったと考えられ、単純に孫武の生きた時代を成立年代とすることができないためである。

孫子の兵法書が日本に伝えられ、最初に実戦に用いられたことを史料的に確認できるのは、『続日本紀』天平宝字4年(760年)の条である。当時、反藤原仲麻呂勢力に属していたため大宰府に左遷されていた吉備真備のもとへ、『孫子』の兵法を学ぶために下級武官が派遣されたことを記録している。吉備真備は23歳のとき、遣唐使として唐に入国し、41歳で帰国するまで『礼記』や『漢書』を学んでいたが、この時恐らく『孫子』・『呉子』をはじめとする兵法も学んだと推測されている。数年後に起きた藤原仲麻呂の乱では実戦に活用してもいる。

律令制の時代、『孫子』は学問・教養の書として 貴族たちに受け入れられた。大江匡房は兵学も修めていたが、『孫子』もその一つであり、源義家に教え授けている。積極的に実戦において試された例としては、源義家が前九年・後三年の役の折、孫子の「鳥の飛び立つところに伏兵がいる」という教えを活用して伏兵を察知し、敵を破った話(古今著聞集)が名高い。


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